かおり幼稚園

子どもの育つ力を信じて

更新日 2018年5月30日

幼稚園の畑に、子どもたちの手によってじゃがいもが植えられ、にんじんの種がまかれました。プランターにも、トマトの苗が植えられ、えだ豆の種がまかれました。その種が芽を出したときの感動は、種をまいた人でなければわかりません。また、その芽がどんどんと成長して、葉を茂らせ、やがて豊かに実ったときの喜びは、その成長を日々見守ってきた人でなければわかりません。その感動と喜びを、子どもたちにも味わってもらいたいと思っています。
イエスさまは神さまの働きを、農夫がまいた種の成長に譬えて話されました。「神の国は次のようなものである。人は土に種をまいて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次は穂、そしてその穂には豊かな実ができる。」これは、人の力ではなく、種の育つ力と大地の育てる力が、驚くような成長と豊かな実りをもたらすことを物語っています。イエスさまはこの譬えをとおして、この世に神さまの愛を現わすために、人の思いを超え、見えないところで、神さまが働いておられることを語られたのです。そして、その神さまの働きを信じることの大切さを語られたのです。
この譬えは、保育や子育てにおいても大切なことを語っています。その大切なこととは、神さまが子どもたち一人一人に与えてくださった育つ力を信じること、そして子どもを育ててくださる神さまの愛の力を信じることです。事実、子どもたちの育つ力には、しばしば驚かされます。「いつ、こんなことができるようになったのだろう」「いつ、こんなやさしい言葉を、また生意気な言葉を語ることができるようになったのだろう」と。子どもたちのその力を信じながら、気負わずに、日々驚きの中で保育や子育てができればと思います。

園長 井石 彰

過去の記事

遊びのなかで育つ子どもたち

更新日 2018年4月26日

子どもたちは新しいクラスにも慣れてきて、園庭や室内でお友だちと色々な遊びを始めています。その遊びの一つに、最近幼稚園で買った幾つかのゲームがあります。それは外国のもので、子どもの年齢と発達を考えて作られた、とても楽しいものです。子どもたちはきっとそのゲーム遊びに夢中になると思います。そのゲーム遊びはルールを守って行うことから、子どもたちの社会性を育てる大切な遊びとも言われています。
昔から子どもにたいして、「よく遊び、よく学べ」と言われてきました。しかし、乳幼児にとっては「遊び」そのものが、重要な「学び」です。その遊びの重要性をいち早く語ったのが、幼稚園の生みの親であるフレーベルです。彼は言います。「遊ぶこと、または遊戯は、この期における人間の発達、すなわち児童生活の最高の階段である」と。子どもが夢中になって遊ぶということが、この時期の子どもの育ちを最もよく表しています。遊びの中で、子どもたちは色々なことを学び、自分の世界をどんどん広げているのです。
最近では、幼児期の「遊び込む」経験が、その後の学びに向かう力や生きる力につながるとして、再び評価されています。しかし、子どもたちにとって夢中になって遊ぶこと、すなわち「遊び込む」ことは簡単なことではありません。あることに興味を持ち、お友だちと協力して、うまくいかないことがあってもあきらめずにやりとげる力がないと、遊び込むところまではいきません。そこで、子どもたちを見守りながら、その子どもたちの遊びを援助することが、保育者の大切な働きとなります。
これから、子どもたちが幼稚園でお友だちと遊びを広げ深めていく中で、たくさんのことを学んで、豊かに育っていくことを心から願っています。

園長 井石 彰

祈りとともに

更新日 2018年2月24日

こどもたちはもうすぐ進級、卒園を迎える時期になりました。4月からの1年を振り返るときであり、こどもたち一人一人が守られて成長することができたことを神さまに心から感謝をしたいと思います。
この1年も、かおり幼稚園の保育は、祈りとともに始まり、祈りとともにありました。何ごとも祈りなくしてはありませんでした。毎日クラスごとに行われる朝の会で祈り、毎週の礼拝で祈り、色々な行事を行うたびに子どもたちといっしょに祈ってきました。子どもたちはその祈りをとおして、目には見えないけれども、神さまがいつもともにいてくださることを感じ、神さまから安心をいただきながら過ごしてきたのではないかと思います。それは、こどもたちだけではありません。保育者も同じです。保育者も色々な悩みや不安の中で、子どもたちといっしょに祈ることをとおして、神さまがともにいてくださることを感じて、励まされてきたのではないかと思います。スイスの宗教教育家、レギーネ・シントラーも、「祈りは、神を直接体験することであり、知的体験よりもずっと大切だ。祈りをとおして、どのような状態にあっても、神はいつも私たちの中にいて共に歩んでくださる方だから大丈夫だという安心感を持ち、希望を見いだすことができる」と、祈りの大切さを述べています。
幼稚園では礼拝の中で、こどもたちと「イエスとともに」という讃美歌を歌ってきました。「うれしいときには、いのってごらん。イエスさまがともによろこんでくれるから。かなしいときにも、いのってごらん。イエスさまがいのりをきいていてくれるから。ありがとう、イエスさま、いつもそばにいてくれて。ありがとう、イエスさま、わたし、ぼくはイエスとあゆむ」。この歌は卒園式でも歌うことになっています。こどもたちには、どのような中にあっても祈りをとおして神さまからの安心感をいただいて、希望をもって歩んでいってほしいと願っています。

園長 井石 彰

鬼は外、福は内

更新日 2018年1月30日

2月3日は節分には、かおり幼稚園でも豆まきをします。鬼に扮した先生たちに向かって、子ども たちは「鬼は外、福は内」と言いながら豆をまきます。豆まきとは言っても、実際は豆の代わりに紙を丸めて鬼に投げつけます。何とも可愛い豆まきです。帰りには、本物の豆(落花生)をもらいます。
豆まきをするにあたって、この日本の伝統行事に、どのような意味があるのか調べてみました。節分とは、季節の変わり目のことを意味しています。その季節の変わり目には、病気や災いをもたらす「邪気」が入りやすいと考えられていました。確かに、今でも季節の変わり目には、体調をこわしたり、病気になることがあります。そこで、昔の人たちは、その「邪気」を祓い、福を呼び込むために、「鬼は外、福は内」とかけ声をかけながら豆をまくようになったと言われています。なぜ、豆をまくのかというと、豆などの穀物には邪気を祓う霊力が宿っていると考えられていたからです。豆まきが終わると、その一年の健康を願いながら、まいた豆を自分の年齢よりも1個多く食べるのが風習となっています。そこには、栄養のある豆を食べて、健康(まめ)になるという意味もあるそうです。節分の豆まきには、健康であることへの人々の願いと祈りが込められています。今日では楽しいイベントとなっていますが、あらためてその意味を子どもたちと共に受け止めたいと思います。
季節の変わり目を迎えつつも、まだまだ寒さが続いています。風邪やインフルエンザでお休みする子どもたちも出ています。その中で、子どもたちと共にみんなの健康を願い祈りながら、「鬼は外、福は内」と元気なかけ声を出して、豆まきをしたいと思います。

園長 井石 彰

神さまが共におられる

更新日 2017年12月28日

今年も恵みのうちにクリスマス会を終えることができました。クリスマスが終わると、気持ちはいっきに正月に向かいます。でも、かおり幼稚園ではクリスマス飾りをそのままにして、まだしばらく子どもたちとクリスマスの喜びを感じていたいと思います。
クリスマスの喜び、それは救い主イエスさまをとおして、神さまが私たちと共にいてくださると宣言してくださったことにあります。「どのようなときにも、どのような中にあっても、わたしはあなたを見捨てず、あなたを愛して、あなたと共にある」と。いついかなるときも共にいてくださる方がいる、これほど私たちにとって心強いことはありません。
子どもも大人もだれも、独りでは生きられません。私たちが生きるためには、自分のことを愛し、理解し、受け容れてくれる人が欠かせません。そのような人が共にいてくれると、私たちは悲しみの時にも慰められ、苦しみの時にも元気づけられたりします。子どもたちは誰よりも親や家族に,そして先生やお友だちにそのような共にいてくれる人を見つけます。
でも、かおり幼稚園では、それだけではありません。子どもたちは礼拝をとおして神さまへと、私たちを愛して、私たちと共にいてくださる神さまへと心を向けてきました。そして、何かをするときも、どのようなときにも「神さまが共にいて、見守っていてください」と祈りながら、この一年を歩んできました。
この一年を振り返ると、幼稚園でも色々なことがありました。でも、神さまは私たちと共にいてくださって、すべてのことを守り導いてくださいました。そのことに心から感謝をしたいと思います。これから迎える新しい年がどのような年になるか、それはわかりません。でも、神さまが共にいてくださることを信じて、希望をもって新しい年を迎えたいと思います。

園長 井石 彰

サンタクロースはいます

更新日 2017年11月27日

幼稚園ではクリスマス・ツリーが飾られ、クリスマス会に向けた準備が行われています。子どもたちは今からわくわくしながら、クリスマスを待ち望んでいます。クリスマスの喜びは、なんといってもプレゼント。子どもたちは、「サンタさん、どんなプレゼントをくれるかな」と楽しみにしています。
今から120年前、アメリカのある新聞の社説に、「そうだ、バージニア!サンタクロースはいるのです」という見出しで、文章が書かれました。というにも、新聞社に一人の女の子から手紙が来たからです。その女の子は、バージニアという8歳の子でした。彼女は学校で友だちから、「まだサンタクロースを信じているの。そんなのいないよ。」と言われたのです。そこで、お父さんに聞きました。返事に困ったお父さんは、「それじゃ、新聞社に聞いたほうがいいよ」と答えたところ、早速、バージニアは手紙を書いたのです。 「サンタクロースはいるのですか。教えてください」と。その手紙を受け取ったフランシス・チャーチ記者は、考えた末に社説にこのように書きました。「バージニア、サンタクロースがいるというのは、けっしてうそではありません。・・・サンタクロースを見た人は、だれもいません。でも、だからといって、サンタクロースがいない、といえるでしょうか。この世の中でいちばんたしかでほんとうのもの、それはおとなの目にも子どもの目にも見えないものです。・・・目に見えない世界は、一枚のカーテンにおおわれています。そのカーテンを開けることができるのは、信じる心だけなのです。そういう心があれば、カーテンのむこうにひろがる、美しく、きらきらした輝いた世界を見ることができるのです。」この社説は、多くの人たちの心に感動を与えました。
大人になった今でも、私は「サンタさんは、いる」と信じています。子どもたちを愛し、喜ばせたいと願う私たちの心の中にサンタさんはいると。サンタクロースがいざなうクリスマスは、子どもも大人もともに目に見えない世界、私たちを愛するために生まれた神の御子イエスさまのへと目を開かれるときなのです。

園長 井石 彰

神さま、ありがとう

更新日 2017年10月26日

秋が深まり、紅葉のうつくしい季節になりました。今年、幼稚園の小さな畑にも、トマト、枝豆、じゃがいも、にんじんがたくさん実りました。中でも、枝豆はとっても甘くておいしいものができました。先日、その畑の実りを神さまに感謝して、収穫感謝の礼拝を行いました。その後、カレー・パーティーをしておいしくいただきました。
日本でも、秋には収穫を感謝してお祭りが行われます。収穫を神さまに感謝することは、昔から世界中で行われてきました。教会では11月第4日曜日が収穫感謝日とされています。そこには、ある歴史的な出来事がありました。1620年に信教の自由を求めて百数名のキリスト者たちが、イギリスから新天地アメリカに船で向かい、65日間かかってアメリカの東海岸に着きました。そこには森があるだけでした。人びとはその森を切り開いて、家を建て、畑を作り、持って来た種を植えました。しかし、寒さのために収穫はありませんでした。そのために食べ物にも困るようになりました。多くの人が死んでいきました。やがて春になりました。先住民であるインディアンがやってきて、その人たちにとうもろこしやえんどう豆の種を分けてくれ、その育て方などを教えてくれたのです。秋になるとたくさんの実をつけました。人びとはとても喜び、それを収穫すると、「神さま、ありがとうございます。これで、この地に生きていけます」と言って、感謝の礼拝をささげたのです。そして、その収穫した物でおいしい食事を作り、先住民のインディアンを招いてお祝いをしました。それが、教会で行われている収穫感謝の始まりであると言われています。
今、子どもたちの教育の中で、健全な食生活のために「食育」の大切さが言われています。その一方で、たくさんの食べ物が捨てられている現実もあります。そこで、私たちは「食育」の基本として畑の実りを、「神さま、ありがとう」と感謝する心を大切にしたいと思っています。

園長 井石 彰

明日のことまで思い悩むな

更新日 2017年9月25日

遠足は順延しましたが、秋晴れの日に行うことができました。子どもたちは緑が丘公園の頂上のゴールをめざして、がんばって歩きました。その中には、途中で大きなトンボの死骸を見つけた子どももいれば、落ちているどんぐりを拾い、ポケットにどんぐりをいっぱいつめてゴールした子どもたちもいました。
道を歩いていても、子どもたちは虫を見つけると、急に立ち止まってその虫の観察に夢中になります。でも、私たち大人は早く目的地に着きたいと思って、子どもについ「早く、早く」と言ってしまいます。それは、なにも道を歩いているときにかぎりません。子育てにおいても、私たち大人は子どもの将来を心配して、何事でも早く子どもにさせようとします。しかし、子どもはそのような私たち大人の思いをよそに、自分の目の前にあることに関心をもち、「いま」「ここ」を一生懸命に生きています。
子どもとの関わりをとおして保育の本質を語り続けてこられた方で、キリスト者の津守真さんは、そんな子どもたちを見ながら、私たち大人に向けてこのように語っています。「まだ起こっていない未来を先取りして心配しないこと。・・いま与えられている現在を感謝して受け、充実して生きるとき、未来はその中から思いがけないところへと開かれてゆく」と。子どもたちが現在を活き活きと生きることが、子どもの未来につながり、その未来を切り開くことになるというのです。それは子どもたちだけではなく、私たち大人へのメッセージでもあります。
聖書の中でも、イエスさまは明日のことをいろいろと思い悩んでいた弟子たちに、「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む」と言われています。それは、生かされている「いま」「ここ」を、神さまの愛を信じて生きるようにということです。私たち大人も将来を心配するだけではなく、「いま」「ここ」をもっと大切に生きていきたいと思います。

園長 井石 彰

平和を祈る

更新日 2017年8月25日

今年の夏は、予想に反して冷夏となりました。例年ですと、園庭にプールを出して水遊びをするのですが、今年は一度もできませんでした。水遊びの大好きな子どもたちにとっては、ちょっと残念な夏になりました。
二学期が始まり、夏休みをお家で過ごしていた子どもたちも元気に登園して来て、幼稚園にいつものにぎわいが戻ってきました。子どもたちが安心して、夢中になって遊んでいる姿を見ていると、あらためて平和の尊さを思います。
今も世界では、各地で戦闘が起こっています。その戦闘の中を家族とともに避難する子どもたちの不安な顔を見るたびに、とても心が痛みます。たとえ戦闘が終わったとしても、子どもたちの心にはいつまでも深い傷痕が残りつづけます。そのことを思うと、子どもたちの心身の健やかな成長のためにも、平和を祈らずにはいられません。子どもたちには平和の中でのびのびと遊び、成長してほしいと思います。
イエスさまは言われました。「平和を実現する人々は、さいわいである。その人たちは神の子と呼ばれる」と。その平和は、神さまが一人ひとりに与えてくださったいのちの尊さを覚え、神さまが一人ひとりに注いでいてくださる愛を感謝する心から生まれます。その神さまの愛のもとで自分を愛し、隣人を愛して、共に生きていくための労苦を負うところに、神さまの喜ばれるまことの平和がつくり出されてゆきます。イエスさまはそのようにして「平和を実現する人々は、さいわいである」と祝福されるのです。
私たちも保育の中で、子どもたちと平和を祈るとともに、ケンカをしても仲直りをし、互いに神さまに愛されている一人ひとりであることを受けとめ合っていきたいと思います

園長 井石 彰

カラを破って成長する

更新日 2017年8月1日

真夏のような暑さの中、熱中症を心配しながらも、無事に運動会を終えることができました。子どもたちは暑さに負けず、がんばりましました。保護者の皆様にも暑さの中をご協力いただき、本当にありがとうございました。4月に入園、進級をしてから、あっと言う間に一学期が終わりました。最初は不安を覚えていた子どもたちも、今では幼稚園での新しい生活にもすっかり慣れて、先生やお友だちと色んなことに取り組み、楽しく過ごしています。この一学期の間にも、子どもたちはまた一つ自分のカラを破って成長しました。
幼稚園で飼っているスズムシが、リーン、リーンと鳴き始めました。春に卵からかえった小さなスズムシが、脱皮をくり返して成長し成虫になったのです。そのオスが夜になると羽を振るわせながら、澄んだ音色を響かせています。スズムシが脱皮をくり返して成長するように、人間の成長にもいくつかの発達段階があります。精神分析学者のエリクソンは、人間のライフサイクルを七つの時期に分け、それぞれの時期に求められる発達のための重要な課題を上げています。それによると、「乳児期」の発達の課題は、「基本的信頼」です。乳児は自分では何一つできません。ただ泣いて自分の思いを伝えるだけです。その思いを受けとめて、おっぱいを飲ましてくれたり、おむつを取り替えてくれたり、自分の希望を満たしてくれる人をとおして、その「基本的信頼」が育てられます。それは、人間関係を広げていくための基礎となります。「幼児期」の発達課題は、「自律性」です。「自律性」とは、自分で自分をコントロールできるようになることです。自分でトイレができるようになることもその一つです。その「自律性」を育てるコツは、子どもに「すぐにできなくてもいいんだよ」と言いながら、大切なことをくり返し教えていくことです。そのようにして、子どもたちはそれぞれの時期の発達課題を乗り越えながら成長をしていきます。子どもたちはこれからも成長のために何度も自分の殻を破っていくことでしょう。その子どもたちの成長をあたたかく見守りつづけていきたいと思います。

園長 井石 彰

目標をめざして

更新日 2017年6月30日

運動会が近づいてきました。子どもたちはその日を楽しみにしながら、毎日のように練習をしています。最初のころは何をするにしてもバラバラだった子どもたちが、練習を重ねるうちにだんだんとまとまり、良くなってきました。ですから、運動会当日がとても楽しみです。心配なのはただお天気だけです。
運動会には、親子競技や個人競技や団体競技など、色々な競技があります。中でも「かけっこ」は、1歳以上の子どもたち全員が行います。年齢によって走る距離は違いますが、子どもたちはそれぞれゴールという目標をめざして走ります。その子どもたちの姿を見ると、よちよちと歩く子どもたちにも、お友だちと競って走る子どもたちにも、完走をめざしてがんばる子どもたちにも、「がんばれ~」と心から応援したくなります。
もしかしたらこの「かけっこ」が、子どもたちにとっては目標をめざす最初の経験なのかもしれません。目標をもつことは、生きていくためにとても大切なことです。目標がなければ、その歩みも定まりません。これから子どもたちは大きくなるにつれて、自分で色々な目標を見つけ、その目標をめざして努力をしていくことでしょう。子どもたちがどんな目標をめざすようになるのか、将来がとても楽しみです。
聖書では信仰者を競技場で走る人に喩えて、このように書かれています。「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標をめざしてひたすら走ることです」と。
運動会でゴールという目標をめざして走る子どもたちが、いつかの日か自分の目標をめざしてがんばる人に成長してほしいと心から願っています。

園長 井石 彰

スズムシと子どもたち

更新日 2017年5月26日

天気の良い日には、子どもたちは園庭で元気に遊んでいます。固定遊具で遊んだり、砂場でドロ遊びをしたり、それぞれの遊びを楽しんでいます。中には、虫取りに夢中になっている子どもたちもいます。近づくと、子どもたちはまるで自分の宝物のように、バケツの中の虫たちを見せてくれます。それは、わらじ虫やアリやミミズがほとんどです。でも、子どもたちにとっては興味のつきない生き物たちです。
そんな虫好きの子どもたちのために、昨年、知人に頼んでスズムシのたまごをいただきました。たまごからスズムシを育てるのは、私にとってもはじめての経験でした。冬のあいだ土の中で過ごしたたまごは、春になるとふ化が始まり、小さなスズムシたちがどんどん生まれてきました。それはとても感動的でした。
スズムシが少し大きくなったところで、ケースに入れて幼稚園に持っていきました。早速、子どもたちはケースをのぞき、「これなに?」と言って、スズムシに興味を示しました。そんな子どもたちと、これからスズムシの成長を見守っていきたいと思っています。スズムシは秋までに5回脱皮を繰り返して、成虫になります。その後、成虫のオスは夜ごとリーンリーンと羽音を鳴らし始めます。
でも、なぜ幼稚園で生き物を飼うのでしょうか。生き物を飼うためには、生き物のことを知らなければなりません。その生き物が何を食べ、どのような環境を好むのか、そのことを知っておく必要があります。そうでなければ、その生き物はすぐに死んでしまいます。子どもたちには、生き物を飼うことをとおして、命の大切さを感じてほしいのです。そして、生き物が何を欲しているのかを知り、思いやってほしいのです。小さな虫をとおして、子どもたちの中に命の大切さを思う心、相手のことを思いやる心が育ってほしいと願っています。

園長 井石 彰

愛されて育つ

更新日 2017年5月2日

春の陽ざしをあびて、草花がいっせいに芽を出してきました。大地に色とりどりの花の咲くのが、今からとっても楽しみです。
子どもたちは新しい先生やお友だちに少しずつ慣れてきて、幼稚園での生活を楽しみ始めています。これから、子どもたちは幼稚園で色々な体験をすることでしょう。それは子どもたちにとって楽しいことばかりではないかも知れません。でも、そのような色々な体験をしながら、子どもたちは豊かに成長していくのです。その子どもたちの健やかな成長に欠かせないもの、それは子どもたちの心に寄り添い、子どもたちを温かく見守る親や家族そして先生たちの愛情です。子どもたちはその愛を受けて育つのです。
でも、子どもたちに注がれるのは、そのような人の愛だけではありません。神さまの愛も注がれています。神さまは御子イエス・キリストの命をかけて子どもたちを、そして私たちを愛してくださっています。私たちは大人も子どももみな、神さまの愛する子どもなのです。その神さまの愛も、子ども達の健やかな成長には欠かせません。ですから、幼稚園では礼拝をとおして神さまの愛を子ども達に伝え、その愛を信じて神さまに祈りをささげます。
そのようにして、人と神さまに愛されて育った子どもは、自分を受け容れ、大切にしようとします。しかも、自分だけではありません。他人(ひと)をも受け容れ、大切にしようとします。私たちはその愛のすばらしい力を信じて、子どもたちに私たちの愛を注ぐとともに、神さまの愛を伝え続けてゆきたいと思います。

園長 井石 彰

かみさまからのおくりもの

更新日 2017年4月14日

入園、進級おめでとうございます。新しい子どもたちを迎えて、かおり幼稚園の新しい一年が始まりました。
先生たちにとっては、まず一人一人の子どもたちの名前をおぼえることから始まります。子どもの名前には、こんな人になってほしいという親の願いと愛情がいっぱい込められています。そのことに思いをはせながら、子どもたちの名前をおぼえて、呼んでいきます。名前を呼びながら、この子はどんな子どもかなと、子どもたち一人一人がもつ個性に心をむけていきます。その個性とは、その人がその人らしく生きるために与えられた神さまからの贈り物です。
誕生会で小さな子どもたちに、「かみさまからのおくりもの」という絵本を読むことがあります。五人の赤ちゃんが病院で生まれ、神さまはその一人一人の赤ちゃんにそれぞれ贈り物をくださいました。その贈り物とは、「よくわらう」「ちからもち」「うたがすき」「よくたべる」「やさしい」です。子どもたちは神さまからいただいたその贈り物を活かして、元気に成長していくというお話です。
この絵本の作者、樋口通子さんは、「こんな贈り物を神さまからもらった、とすぐに思い当たる人は、もらった贈り物を親やまわりの大人たちからことばにして認めてもらったということですし、あなたの個性をまわりが喜んで大事にしてくれたということでしょうから、感謝すべきことだと思います」と述べておられます。
子どもたちは皆、神さまからすばらしい贈り物をいただいています。かおり幼稚園では、一人一人に与えられた神さまからの贈り物を受けとめながら、それを大切にする保育を心がけてゆきたいと思っています。

園長 井石 彰

自分の未来を信じて

更新日 2017年3月2日

もうすぐ卒園式です。年長のひまわり組さんは、いま卒園式にむけて心の準備をしています。一人一人が幼稚園でのたくさんの思い出を胸に、感謝と喜びをもって卒園してほしいと心から願っています。
卒園卒業のシーズンによく歌われる曲で、「ビリーブ(信じる)」という歌があります。皆さんもご存じかと思いますが、その歌詞がとてもすばらしくて、心に響きます。
     たとえばきみが傷ついて     くじけそうになったときは
     かならずぼくがそばにいて    ささえてあげるよ、その肩を。
     世界中の希望をのせて      この地球はまわっている
     いま未来の扉をあけるとき    悲しみや苦しみが
          いつの日か、喜びに変わるだろう
アイ ビリーブ イン フューチャー 信じてる
この歌詞にあるように、私たちの未来を信じる力は、「傷ついて、くじけそうになったとき」に、そばにいて、やさしく支えてくれる人の存在によって与えられます。子どもたちにとって、それは親であり、家族です。そして、まわりの大人たちであり、友だちです。その人たちの愛に支えられて、子どもたちは自分の未来に向かって歩み出していくことができます。しかも、子どもたちに注がれている愛は、それだけではありません。目には見えないけれども、神さまはいつも子どもたちのそばにいて、愛を注いでくださっています。子どもたちはかおり幼稚園の礼拝の中でその神さまのお話をいっぱい聞いています。だから、卒園していく子どもたちには、神さまの愛を信じて、自分の未来を切り開いていってほしいと願っています。
かおり幼稚園では、これからも神さまの愛を基礎にした保育を大切にしていきたいと思っています。

園長 井石 彰

絵本のよろこび

更新日 2017年1月27日

3学期が始まりました。この学期は子どもたちの一年間の成長を強く感じる時でもあります。かおり幼稚園では、昨年からこの時期に子どもたちが協力して作品をつくって「創作展」を行っています。今回のテーマは「絵本のせかい」です。いま、子どもたちはたくさんの絵本の中から一つを選んで、それを作品にしようと取り組んでいます。3号・プレイスクール・満3クラスの子どもたちが選んだ絵本は、大好きな「だるまさんが・の・と」です。年少組さんはとっても楽しい「ぐりとぐら」、年中組さんはクリスマス会でオペレッタをした「くれよんのくろくん」、年長組さんは「うみの100かいだてのいえ」という大きな絵本を選びました。いったいどんな作品になるのか楽しみです。
子どもたちは絵本が大好きです。朝の自由時間に保育棟に行くと、子どもたちは読んでもらおうと絵本をもってきます。そこで、わたしはひざの上に何人かの子どもたちを乗せ、子どもたちに囲まれて絵本を読み始めます。絵本は何度も読まれたせいか、ところどころ破れたところにセロテープが貼られています。それを見て、子どもたちはその絵本が大好きなことがわかります。読み始めると、子どもたちはすぐに絵本の世界に入り込んで楽しんでいます。それは、わたしにとっても楽しいひとときです。
たくさんの良い絵本を出版してきた福音館書店の創立者で、キリスト者の松井 直さんは、絵本は子どもに読ませる本ではなく、大人が子どもに読んでやる本であると言われています。そして、このように述べておられます。「読み手が、親や先生といった導き手の意識を捨て、聞き手の子どもの気持ちに寄り添って、絵本の旅を共に楽しんでくだされば、そして共にいる喜びが互いに感じられれば、その絵本体験は読み手にとっても聞き手にとっても、深く心に残るものとなりましょう」。絵本を読むことをとおして、子どもたちと喜びを共にしていきたいと思います。

園長 井石 彰

恵みを数える

更新日 2016年12月21日

幼稚園のクリスマス会では、一人一人のこどもたちが一生懸命に演技している姿にとても感動しました。「がんばったね。神さまもきっとよろこんでおられるよ」って、心からほめてあげたいと思います。保護者の皆さまも、こどもたちの成長を感じられたのではないでしょうか。
クリスマスが終わると、まわりはいっせいにクリスマス飾りをしまって正月の準備をします。でも、キリスト教では1月6日の「公現日」まで、クリスマス・ツリーやリースを飾りつづけます。そこには、救い主が共におられる喜びの中で、新しい年を迎えたいという思いが込められています。かおり幼稚園もそれに倣って、こどもたちとしばらくクリスマスの余韻にひたりたいと思います。
2016年もあわただしく過ぎようとしています。この年もいろいろなことがありました。幼稚園でも、入園式に始まり、運動会、お泊り会、おもちつき、クリスマス会など、いろいろな行事をこどもたちと行いました。それらの行事の他に、こどもたちと過ごす日々の保育がありました。しかし、私たちはいつも先のことばかりに追われて、なかなか過ぎたことを振り返る余裕さえありません。だからこそ、このとき、この一年を振り返るときを持ちたいと思うのです。振り返ってみると、毎日いろいろなことを心配し、どうなることかと思いながら過ごした日々でしたが、ちゃんと守られていたことに気づかされます。神さまの恵みは、その時には気づかないものです。振り返ってみて、はじめて「神さまの恵みだね」と気づかされるのです。一年の終わりの時は、その恵みを数えるときでもあります。恵みを数えることで、新しい年の希望もわいてきます。

園長 井石 彰

クリスマスの喜び

更新日 2016年11月30日

クリスマスを待ち望むときとなりました。幼稚園も玄関にクリスマスツリーやリースが飾られて、華やいだ雰囲気になりました。その中で子どもたちは、「今年は、サンタさんのプレゼント何かな」と期待をふくらませながら、クリスマスが来るのをワクワクしながら待っています。私は子どもたちのその思いを大切にしながら、毎年礼拝の中で子どもたちにクリスマスの本当の喜びのお話しをします。その喜びとは、神さまが私たちのために救い主イエスさまをくださったことです。そして、その救い主をとおして、神さまが私たちにたいする愛をあらわしてくださったことです。「どんなときも、ひとりじゃないよ。わたしがあなたと共にいるからね」って。これほどうれしいプレゼントはありません。それは子どもだけではありません。大人である私たちにとってもそうです。その喜びは、不思議なもので悩みや不安やさびしさの中で失われるどころか、いっそう大きく強くなるのです。それがクリスマスのまことの喜びです。
そこで、クリスマスに感謝して、子どもも大人もみんなでお祝いしたいという思いから、今年から「クリスマス発表会」を「クリスマス会」に名称を変更しました。そして、「クリスマス会」を二つに分けることにしました。0歳から3歳の保育コース、プレイスクール、満3歳のクラスの子どもたちは、親子でクリスマスを祝って楽しむために「親子クリスマス会」を幼稚園ホールで行うことにしました。また年少、年中、年長の在園の子どもたちは、文化会館で「クリスマス会」を行うことにしました。その中で、子どもたちは従来のように降誕劇や遊戯、合唱や合奏を行います。でも、それらは子ども達の発表であると同時に、クリスマスのお祝いのささげものでもあると思っています。みなさん、子どもたちと共にクリスマスをお祝いしましょう。

園長 井石 彰

想像力を育む遊び

更新日 2016年10月26日

10月は、お店屋さんごっこ、かおり祭り、収穫感謝礼拝・カレーパーティ、『劇団風の子北海道』による演劇と、子どもたちにとっては楽しいことがいっぱいでした。子どもたちが喜んでいる顔を見ていると、自然と先生たちの顔も笑顔になってきます。
中でも、劇団風の子の演劇「うしろの正面なぁんだ いい色・いい音・いい感じ」は、子どもたちの心をとりこにして、笑いの渦に引き込まれました。それは、からだを使った言葉遊びにはじまり、新聞紙から生まれた子牛のモー平が母牛を離れて色々な動物に出会うお話、ペットボトルの水の音、色々な石の音、イタドリの茎を乾燥させて作った縦笛の演奏、花模様の布をクルクルと投げ上げる花火遊び、段ボール箱をつかったクマのお医者さんのお話、大きなシャボン玉づくりと続きました。子どもたちは、その一つ一つに目を輝かせながら、夢中になって見入っていました。その演劇で使われたものは何も特別なものではありません。どれも子どもたちの身の回りにあるものばかりです。子どもたちは、その身の回りのものに想像力をふくらませながら、演劇を楽しんでいました。子どもたちはその演劇を見たことで、これから身のまわりのものにどんどん興味がわいてくるのではないでしょうか。そこから想像力を用いて色々な遊びが生まれてくるのが楽しみです。演劇の後、早速あるクラスに新聞紙の子牛モー平があらわれたそうです。
幼児教育の父であるフレーベルは、「こどもの遊びはすべて創造的なものであると同時に、自己のうちに秘められた神秘的なものの自己表現である。遊びこそ、こどものもっている可能性を発展させる唯一の手段である」と語っています。子どもたちは遊ぶことで想像力を育み、創意工夫をする力を養い、成長していくのだと思います。

園長 井石 彰

収穫の恵みに感謝

更新日 2016年9月30日

みのりの秋になりました。今年は北海道でも各地の農家が台風の被害にあいました。農家の方々のご苦労を思います。そのような中で、幼稚園の畑では、子どもたちが植えたトマトとジャガイモが順調に成長して、豊かな実をつけました。トマトは8月頃から各クラスの子どもたちが順次収穫をして、お昼ご飯のときに食べています。自分で収穫したトマトは、格別おいしかったようです。そして先日、年少、年中、年長の各クラスで芋掘りをしました。スコップで掘り起こすたびに、土の中から大きく育ったジャガイモがコロコロと出てくるのを見て、子どもたちは歓声をあげて大喜びでした。狭い畑にもかかわらず、豊かな収穫を得ることができました。在園の子どもたちは10月の収穫感謝礼拝で、収穫の恵みを神さまに感謝します。その後で、ジャガイモを使ってカレーパーティを行います。また、残ったジャガイモは子どもたちに家に持って帰ってもらうことにしています。
聖書にはイスラエルの民に対し、収穫のときの神さまの教えが書かれています。「畑で小麦を刈り入れるとき、小麦を一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない」とか「オリーブの実を打ち落とすときは、打ち落とした後で、もうオリーブの実は残ってはいないだろうかと、枝をくまなく探してはならない」と。そして、神さまは言われます、「それは、寄留者、孤児、寡婦のものにしなさい」と。なぜなら、イスラエルの民はかつてエジプトで寄留者の苦しみを経験し知っているからです。だから、神さまは恵みを自分で独り占めするのではなく、困っている人たちと分かち合い、助け合って共に生きるようにと言われるのです。その分かち合う心は、収穫の恵みを神さまに感謝する謙虚な心から生まれてきます。私たちは収穫感謝礼拝をとおして、子どもたちに、神さまに感謝し、共に分かち合う心を育てていきたいと願っています。

園長 井石 彰

不思議がいっぱい

更新日 2016年9月1日

2学期が始まり、幼稚園にはいつもの子どもたちの元気な声が戻ってきました。これから在園児は9月の遠足に向け、各クラスで色々なところに歩いて出かけて行きます。その道々で、子どもたちは草花や色々なものを見つけては興味や関心を示すことでしょう。
8月の礼拝の中で子どもたちは、「あの空はどうして青いのでしょう。あの雲はどうして白いのでしょう・・・」と歌いました。この歌のように子どもたちは、色々なことに対する興味や関心でいっぱいです。その子どもの「どうして?」に、どのように答えたら良いかと困ることがあります。「あの空は、どうして青いの?」って聞かれたら、どう答えれば良いのでしょうか。歌の中では、「それは、神さまがすべてをそのようにお造りになったからだよ」と答えて、創造者である神様をたたえます。でも、そのように答える前に、「どうしてだろうねぇ、ふしぎだねぇ」と言って、子どもの興味や関心をそのまま子どもの心に残しておくことも大切ではないかと思います。すると、子どもの中で興味や関心が育っていき、いつか自分でその答えを見つけだすかも知れません。
地球の環境汚染を訴えた女性の海洋生物学者レイチェル・カーソンは言います。「もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない『センス・オブ・ワンダー』を授けてほしいと頼むでしょう」と。「センス・オブ・ワンダー」とは、「不思議に感じる心」です。子どもたちはその心を持っています。不思議がいっぱいの世界こそ、神さまの造られた「ワンダーフル・すばらしい」世界なのです。

園長 井石 彰

命は宝(ヌチドゥタカラ)

更新日 2016年8月2日

運動会は天気にも恵まれて、無事に終えることができました。子どもたちはたくさんの人たちに囲まれて少し緊張しながらも、それぞれ自分の力を出して、よくがんばりました。特に、かけっこで一生懸命に走っている子どもたちの姿、転んでも最後までゴールを目指している子どもたちの姿を見て、その子どもたちの成長に心が熱くなりました。そして、「がんばれー」と心から声援をしました。これからも子どもたちは、幼稚園の色々な行事のたびに、また一つ成長した姿を私たちに見せてくれることと思います。
一学期が終わり、子どもたちはそれぞれの夏を迎えます。この夏にも、子どもたちは色々なことを経験し、感じることでしょう。二学期の初めに、子どもたちが元気に幼稚園にやってきて、どんな夏を過ごしたのか、その思い出を話してくれるのがとても楽しみです。
私たち日本人にとって8月は、広島、長崎の原爆や終戦を記念し、「平和」への思いを新たにするときです。戦後71年を迎える今、世界の各地で争いが生じ、緊張が高まっています。その中で、私たちは子どもたちのためにも世界の平和を祈り願わずにはおられません。かつて戦場となり、たくさんの人が犠牲となった沖縄で、人々が平和を願って語る言葉に、「命は宝(ヌチドゥタカラ)」があります。「命(いのち)」こそ、何ものにも代えることができない「宝物」である、という意味です。しかも、聖書によれば、私たちの「命(いのち)」は神様から与えられたものであり、神さまが御子イエス・キリストの命をささげてまで愛してくださったほどに欠けがえのない「宝物」なのです。戦争はその宝物の「命」を軽々と奪っていきます。だからこそ、「命は宝(ヌチドゥタカラ)」を合い言葉に平和を願い続けて行きたいと思うのです。

園長 井石 彰

成長させてくださる神様

更新日 2016年7月7日

礼拝の中で、子どもたちは、「ぱらぱら落ちる雨よ、雨よ。ぱらぱらぱらとなぜ落ちる。かわいた土をやわらかにして、きれいな花をさかすため」と元気に歌っています。
それにしても今年は雨の日が続きます。そのために、先生たちは野外での運動会の練習ができずに困っています。その中で、自然の草木は恵の雨と喜んで、ぐんぐんと成長しています。子どもたちが園庭の畑に植えたジャガイモも、あっという間に葉を茂らせています。
思えば子育ても、いつも順調とはかぎりません。子どもに何かあるたびに、だいじょうぶだろうかと子どものことが心配になり、これで良いのだろうかと子育てに不安を感じます。そのようなときに思い出す聖書の言葉があります。それは、「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださるのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です」という言葉です。子育ての心配や不安の中で、「成長させてくださる神さま」を信じるとき、子育ても少し気が楽になり、心に余裕も生まれてきます。
恵みの雨によって草木が成長するように、神さまは色々な人たちをとおして、また自然の恵みをとおして、子どもたちを成長させてくださいます。しかも、神さまは良いことばかりでなく、悪いことや色々な失敗をとおしてさえも、子どもたちを成長させてくださいます。その「成長させてくださる神さま」を信じて、今、自分の子どもにできることをしたいと思うのです。
運動会が天候に恵まれて、子どもたちの成長を感謝し、みんなで喜ぶときとなることを心から願っています。

園長 井石 彰

神さまから託された子どもたち

更新日 2016年6月16日

気候が良くなり、子どもたちも園庭に出たり、散歩に出かけたり、公園に行って遊ぶことも多くなりました。その道ばたや公園には色々な花が咲いていて、みんなの目と心を楽しませてくれています。
かおり幼稚園では、毎年6月にお花を飾って子どもたちと「花の日」の礼拝を行っています。この「花の日」は、もともとは「こどもの日」として今から150年以上も前にアメリカの教会で始まりました。一人の牧師が6月第二日曜日に特別礼拝を行って、親たちや先生たちに神さまからさずかり、託された子どもたちを大切にし、子どもたちの成長のために祈り仕えようと訴えたのが始まりだと言われています。それが後に各教会に広まって、「こどもの日・花の日」となり、この日には礼拝堂をきれいな花で飾り、出席した子どもたちに花束や聖書などを贈ることが広く行われるようになりました。ですから、「こどもの日・花の日」は、こどものための日であると同時に、神さまからこどもを託された親たちや先生たちが、こどもの養育、保育の責任を確認し合うときでもあります。
以前に、こんな話を聞いて、とても感動しました。あるご夫婦に待望の赤ちゃんが与えられました。しかし、その赤ちゃんは生まれながら障がいのあることがわかりました。でも、そのとき二人は思ったのです。「神さまはこの夫婦ならきっとだいじょうぶだと信頼して、この子を私たちにさずけてくださったのだから、大切に育てていこう」と。こどもたちの養育・保育は、神さまから託された大切な務めです。その務めに祈りながら仕えていきたいと思います。

園長 井石 彰

見えないものに目をそそぐ

更新日 2016年5月2日

新学期が始まり、一か月が過ぎようとしています。子どもたちは新しい先生やクラスにも少し慣れて、幼稚園での生活を楽しみにし始めています。
かおり幼稚園に入園した子どもたちが、最初に覚えるのが毎週の礼拝で歌うお祈りの歌です。「こころをあわせ、めをとじて、みんなでおいのりいたします。かみさま、いっしょにいてください。」 子どもたちはお祈りをとおして、目には見えない神さまに心を向けています。そのことをとおして、神さまがいつもそばにいてくださって、見守っていてくださることを感じています。
ある日本人の牧師がカナダの田舎町の小学校で、子どもたちにこんな質問をしました。「この世の中には『目に見えるもの』と『見えないもの』があると思いますが、『目に見えないもの』はどんなものでしょうか?」と。その牧師は子どもたちの答えを聞いて、とても感動するとともに大いに考えさせられました。子どもたちはその質問にすぐに、「愛」「友情」「正義」「信仰」などと答えたからです。その牧師は以前、同じ質問を日本の同じ年頃の子どもたちにしたことがありました。そのときの答えで一番多かったのは「幽霊」でした。その他には、「酸素」「電子」「原子」などでした。そこで、この答の違いは、いったい何だろうと考えさせられたのです。そして、あることに気づいたのです。それは、カナダの田舎町の子どもたちが教会の日曜学校に通っていたということです。子どもたちは小さいときから礼拝の中でのお話やお祈りをとおして、いつも目に見えないものに目を注ぎながら、心の中で大切なものを見つめ、受けとめていたのです。
かおり幼稚園でも、礼拝でのお話やお祈りをとおして、目に見えない神さまに心を向けながら、子どもたちの中に豊かな心を育てていきたいと願っています。

園長 井石 彰

安心して育つ

更新日 2016年4月13日

入園、進級おめでとうございます。新しい子どもたちと先生たちを迎えて、かおり幼稚園の新しい一年が始まりました。
この時期、入園したばかりの小さな子どもたちの泣き声が、色々なところで聞こえてきます。幼稚園の玄関で、教室で、園バスの中で。そんな泣いている子どもたちを見て、逆に安心をします。「この子はお母さんとの絆がしっかりとできているなあ」と思うからです。子どもからすれば、大好きなお母さんと離れたくないのは当然です。お母さんと離れることは、不安なのです。
先生たちはそんな子どもたちの気持ちを受けとめて、「だいじょうぶだよ」とやさしく語りかけたりしながら、子どもたちに安心感を与えることを心がけるようにしています。
その中で、子どもたちは少しずつ先生たちを信頼するようになり、幼稚園に安心感をもつようになります。その安心感の中で、子どもたちはのびのびと遊びはじめ、色々なことにもチャレンジするようになります。不安のままでは、なかなかその一歩を踏み出すことができません。子どもたちは安心感の中でこそ、すくすくと育っていくのです。
かおり幼稚園では、その安心感を与えるために大切にしているものが、もう一つあります。それは、私たちを愛していてくださる神さまです。その神さまのお話しを聞いたり、神さまにお祈りをしています。そして、子どもたちに「だいじょうぶだよ。神さまが守っていてくださるからね」と語っています。神さまの愛こそが、子どもたちだけではなく、先生たち、私たちみんなの安心感の源であると信じているのです。だから、その神さまの愛に守られて、子どもたちが成長していくことを日々祈っています。その祈りの中で、子どもたちの保育に携わっていきたいと思っています。

園長 井石 彰

「共に」ということ

更新日 2016年3月1日

創作・作品展をご覧になって、子どもたちの成長を感じられた方も多くおられるのではないでしょうか。特に、「森」をテーマにした創作展には、各クラスの子どもたちが協力をして、とってもすばらしい作品を作ることができました。子どもたちも創作をとおして、みんなで共に作ることの喜びを感じることができたのではないかと思います。
幼稚園で子どもたちは初めて親から離れて、他の子どもたちといっしょに過ごす時をもつようになります。はじめは一人で遊んでいた子どもが、他の子どもとおもちゃの取り合いをしながらも、少しずつ共に遊ぶようになっていきます。そのうち、子どもたちは何かを共にすること、共に作ることへと向かっていきます。
でも、何かを共に作るということは、簡単なことではありません。まず何を作るかを話し合い、作るもののイメージを共有し、それから力を合わせて作っていかなければなりません。年長に近づくにつれて、そのことが少しずつできるようになっていきます。そして、共に遊ぶことの喜びから、共に作ることの喜びを知るようになります。こうして子どもたちは、幼稚園で色々なことを経験し、共に育ち合っています。
共にあることは、うれしいことです。でも、共にあることは、楽なことではありません。そのためには互いの努力が必要です。時には、そのために労苦を負うことも必要になってきます。共にあろうとして労苦を負うことが、聖書の言う「愛」です。教会では今、イエスさまの十字架の死の苦しみを覚えるときを過ごしています。その十字架の苦しみこそ、神さまが私たちと共にあろうとして負ってくださった愛の苦しみなのです。

園長 井石 彰

平和の種をまく

更新日 2016年2月2日

年明けから世界各地で起こったテロ事件が大きなニュースとなりました。世界は今、緊張と対立を深めています。その中で、私たちは平和への思いを強くしないではおられません。
戦争や紛争によって犠牲になるのは、大人だけではありません。子どもたちも その犠牲です。子どもたちの将来を思うと、子どもの方が犠牲が大きいと言えます。だから、戦禍の中で泣き叫び、不安に過ごしている子どもたちのことを思うと、とても心が痛みます。戦争の恐怖が子どもたちの柔らかな心に、どんなに深い傷を残していることでしょう。また、戦争は子どもたちの心に敵意と憎しみの種を蒔くことになります。その種を蒔かれた子どもたちは、いったいどんな大人になるのでしょうか。
子どもたちの健やかな成長において大切なことは、何よりも平和であることです。その平和を守り、つくりだすことは私たち大人の責任です。しかも、平和はただ戦争がないということだけではありません。平和とは安心して生活できることでもあります。子どもたちにとっては、その安心感こそが大切です。
では、その安心感を子どもはどのようにして得るのでしょうか。それは、親をはじめ周りの人たちから愛情をいっぱい受けることによってです。どんなことがあっても自分を愛し守っていてくれる人たちがいると思えることが、安心感につながります。その安心感のもとで、子どもたちは幼稚園で友だちと遊び、ときにけんかをしながら、互いに許し合ったり、助け合ったり、認め合ったりする体験をとおして、身をもって平和の大切さを学んでいくのです。私たちは子どもたちの心に平和の種を蒔く保育を大切にしたいと思います。

園長 井石 彰

恵みのとき

更新日 2016年1月14日

新しい年が明けました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年は、皆さまにとってはどのような年だったでしょうか。
かおり幼稚園にとっては認定こども園としての初めての年で、さまざまなことを経験した年でした。その日々をふり返るとき、色々な課題も見えてきます。
しかしその一方で、一日一日の保育が守られて、子どもたちの成長した姿を見るとき、その日々における神さまの恵みを思わずにはいられません。
神さまに感謝をしたいと思います。
聖書では「時」を表す言葉として、「カイロス」と「クロノス」というギリシャ語が使われています。「クロノス」は時計のように刻まれる時間のことを言います。
それに対して、「カイロス」は、神さまが目的をもって定められた時を表しています。
その定められた時とは、神さまのお考えになった「ちょうど良いとき」、神さまの 「恵みのとき」でもあります。イエスさまもその神さまの時が来たことを受けとめて、「時は満ちた。神の国は近づいた」と語り、福音宣教を始められました。
新しい年がどのような年になるのか、私たちにはわかりません。しかし、新しい 年にも神さまの「恵みのとき」があります。子どもたちの成長においても、神さまのお考えになった「ちょうど良いとき」、「恵みのとき」があります。それは、子どもが上手にできているときではなく、むしろ、失敗したりしたときかもしれません。
そのときに、子どもたちは失敗をとおして大切なことを学び、たくましく成長していくからです。私たちは新しい年もその「恵みのとき」を信じて、子どもたちと共に歩んで行きたいと思います。

園長  井石 彰

待つ心

更新日 2015年12月2日

キリスト教では、クリスマスの4週間は、救い主キリストが来られるのを待ち望むアドヴェントの期間となります。かおり幼稚園でも、4本のローソクに1本ずつ火をともしながら、クリスマスを迎えることを子どもたちと楽しみに待っています。
今日では、「待つ」ことはあまり良く思われていません。だから、私たちは何事においてもすぐに結果を求めて、楽しみに「待つ」ということができなくなっています。それは、何かを「信じる」ことが出来なくなっているからかもしれません。なぜなら、「待つ」ためには、「信じる」ことが必要であるからです。私たちは信じるからこそ、待つことができるのです。それは、何もしないでただ待つという消極的な態度ではありません。むしろ、今ここでその日への備えをしながら待つのです。
その「待つこと」の大切さは、子育てにも言えます。児童精神科医の佐々木正美さんも、「教育とか育てるということは、私は待つことだと思うのです。『ゆっくり待っててあげるから、心配しなくてもいいよ』というメッセージを相手にどう伝えてあげるかです」と、言われています。そのためには、子どもたち一人ひとりに与えられている成長する力を信じること、子どもたちを育ててくださる神様の愛を信じることが大切になってきます。私たちがそのことを信じるとき、子どもたちの成長を楽しみに「待つ」ことができるのです。楽しみに「待ち」つつ、今ここで子どもたちに対してできることをしながら、愛情を注いでいくのです。そこに、子育てにおける待つ心があります。

園長  井石 彰

基礎づくり

更新日 2015年11月9日

初雪の舞う季節となりました。幼稚園ではクリスマスに向けての準備が始まります。子どもたちが色々な行事に取り組むことで、また一つ成長していく姿を見るのがとても楽しみです。
かおり幼稚園に来ているのは、0歳から6歳までの乳幼児期の子どもたちです。それは子どもが人間として育っていく人格形成の基礎にあたる時期です。ですから、この時期の子育てや保育は、人格の基礎づくりという重要な意義をもっています。基礎づくりの大切さは、建物を造るときも同じです。しっかりとした基礎の上に建てられた物は、多少の地震にもビクともしません。しかし、基礎工事に手を抜いてしまうと、わずかな揺れで建物も傾いてしまいます。最近もある大型マンションの基礎工事が不十分であったために、建物に問題が生じていたこがニュースになりました。
では、乳幼児の子育てや保育において大切なことは何でしょうか。児童精神科医の佐々木正美さんは、「こどもへのまなざし」という本の中で書かれています。「この乳幼児の育児は、ひとことでいえば、子どもの要求や期待にできるだけ十分にこたえてあげることです。せんじつめればそれだけのことです。そして、子どもの要求にこたえてあげて、こちらから伝えたいことは、『こうするんでしょ、そうしちゃいけないんでしょ』と、おだやかに何回もくり返し伝えればいいのです。いらだったり、しかったりする必要はないのです。『いつできるかな、いつからできるかな』と、それだけのことでいいのです」と。すなわち、愛されることの喜びこそが、人格形成の基礎をつくるのです。

園長  井石 彰

タラントンのたとえ

更新日 2015年10月6日

今年はじめておこなわれる長距離の遠足にそなえて、子どもたちは天気の良い日には色々なところに散歩に出かけています。思っていた以上に、子どもたちが元気に歩くので、先生たちも驚いています。
恵庭市の「えこりん村」に、「トマトの森」があります。お子様と一緒にご覧になった方もおられるのではないでしょうか。トマトのたった一つの種が大きく育って、まるで木のようになり、15,000個以上のトマトを実らせているそうで、世界のギネス記録にもなっています。普通のトマトの種に、そんなにたくさんのトマトを実らせる力があることに驚きます。そのトマトの栽培を担当されている方は、トマトの種の持つ力を信じて、毎年11月下旬に種をまき、その中から一つの苗を選び、水耕栽培で、きめこまやかな管理をしながら育てて、5月のゴールデンウィークごろから一般に展示を始めるそうです。育てる人によって、「トマトの森」にまでなるのですから、驚きです。
イエスさまのお話に、「タラントンのたとえ」があります。「タラントン」とは、今の「タレント」という言葉の語源となるもので、昔のギリシャの通貨です。1タラントンは当時の労働者の6000日分の賃金にあたる金額です。ですから、決して少額ではありません。その話には、主人から5タラントン、2タラントン、1タラントン預かった3人の僕が出てきます。それは、神さまからさずかった能力は、一人ひとり違っていることを表しています。でも、イエスさまはその話をとおして、大切なことは能力の違いではなく、その与えられた能力をそれぞれが活かしていくことだと言われているのです。
子ども達の能力も、一人ひとり違います。でも、一人ひとりが驚くほどに豊かな力を持っています。私たちは子どもたちのその力を信じて、子どもたちがそれぞれの力を発揮することができるように仕えていきたいと思います。

園長  井石 彰

驚く心

更新日 2015年9月2日

二学期が始まりました。幼稚園でも良い保育をめざして、先生たちの園内の研修を始めました。その中で、一人ひとりの子どもを見る目をさらに深く、豊かにされたいと思っています。
日本の幼児教育の礎を築くと共に、今なお大きな影響を与え続けている人に、倉橋惣三という人がいます。彼は有名なキリスト者である内村鑑三の影響を受けて、キリスト教を深く学んだ人でもあります。その彼が、「驚く心」と題して、次のように書いています。「おや、こんなところに芽がふいている。畠には、小さい豆の若葉が、えらい勢いで土の塊を持ち上げている。藪には、固い地面をひび割らせて、ぐんぐんと筍(たけのこ)が突き出してくる。伸びてゆく蔓(つる)の、なんというはやさだ。竹になる勢いの、なんという、すさまじさだ。おや、この子に、こんな力が。・・・あっ、あの子に、そんな力が。・・・驚く人であることにおいて、教育者は詩人と同じだ。驚く心が失せた時、詩も教育も、形だけが美しい殻になる。」教育者は子ども達の育つ力に、いつも驚くものであるというのです。事実、幼稚園で先生たちは子ども達に日々関わる中で、何度その育つ力に驚かされたことでしょう。その驚きの中で、先生たちは子どもたちを見る目を養われてきたのです。そして子ども達への保育的関わりを深められてきたのだと思います。
倉橋惣三には、「自ら育つものを育てようとする心、それが育ての心である。世にこんな楽しい心があろうか。それは明るい世界である。温かい世界である。育つものと育てるものとが、互いの結びつきにおいて相(あい)楽しんでいる心である」と言います。私たちの幼稚園でも、子どもたちの育つ力に日々驚かされながら、その育ちに楽しみながら仕えていくことができればと願っています。

園長  井石 彰

楽しかった運動会

更新日 2015年8月1日

今年は、認定こども園となって初めての運動会でした。お天気にも恵まれ、子ども達も元気に競技や遊戯をすることができました。保護者の皆様にも積極的に運動会のお手伝いをしてくださったり、子どもとともに競技に参加してくださり、有難うございました。子どもたちにとっても、とても楽しい運動会ではなかったかと思います。
運動会をご覧になられて、あらためて0歳から6歳にかけての子ども達の成長の凄さに驚かれた方もおられるのではないしょうか。保護者に抱かれて参加した子どもたちが、数年でかけっこをするようになり、みんなで楽しく遊戯をしたり、さらに力を合わせて組体操をしたり、マーチングをするまでになるのですから。運動会を通して、成長する力に満ちたこの年齢の子どもたちの一日、一日の大切さを強く感じました。

園長  井石 彰

こんなところにまかれた花の種

更新日 2015年8月5日

毎朝、登園してくる子どもたちを幼稚園の玄関で迎えていますが、その玄関の横に、土留のブロックが一列に置かれています。先月、バスの運転手の沼端先生がそのブロックとブロックの間の穴に土を入れて、コスモスの種と百日草の種をまきました。種は狭い穴の中で芽をだし、今ではその穴から葉っぱが出るまで伸びています。
その成長を楽しみに見ていると、数年前にベストセラーになった渡辺和子さんの「置かれた場所で咲きなさい」という本の中に、「どんなところに置かれても、花を咲かせる心を持ち続けよう」「境遇は選ぶことはできないが、生き方を選ぶことはできる。『現在』というかけがえのない時間を精一杯生きよう」と書かれていたことを思い出しました。
毎朝、花の種の成長を見ながら、子ども達もそれぞれのおかれたところで成長し、自分の花を豊かに咲かせてほしいと願っています。

園長  井石 彰

誕生会について

更新日 2015年6月25日

子どもの誕生日を祝うことは、どこのご家庭でも大切にされていることと思います。私たちは誕生日を祝うことで、その誕生を心から喜んでいることを伝えているのです。そのことは、子どもたちにとって「生まれてきて良かった」と思える安心感や自己の肯定感につながります。それは、子どもの健やかな成長にとって、とても大切なことです。幼稚園で先生たちとお友だちが一緒に誕生日をお祝いすることで、子ども達のその安心感や自己の肯定感は強くなります。それとともに、互いに相手の存在を認め合うことができるようになります。
しかし、かおり幼稚園の誕生会は、お友だちの誕生をみんなで喜ぶだけではありません。その誕生をみんなで神さまに感謝しています。そこには、私たち人間の思いを超えて、神さまが愛によって一人ひとりにいのちをさずけてくださったという思いがあります。そこにこそ、生まれてきたことへの揺らぐことのない安心感、肯定感があると信じています。ですから、かおり幼稚園の誕生会で最も大切なことは、先生やお友だちと一緒に、お友だちの誕生を喜ぶとともに、神さまにその誕生を感謝し、その成長をお祈りすることです。

園長  井石 彰