園長のお話し

「神様って、なぜ見えないの」

 

 - 井石 彰

暑かった夏も終わり、ようやく秋風を感じる頃になりました。コロナ禍の中でも、子どもたちは幼稚園で毎日元気に遊んでいます。その子どもたちの姿を見ていると、心配ばかりしているこちらの方が励まされます。

この前、ある年長の子どもから「神さまって、なぜ見えないの?」って質問されました。礼拝で神さまのお話を聞きながら、いつか尋ねてみたいと思っていたのでしょう。そのとき、私は神さまのことを知りたいという子どもの思いをうれしく思いながら、純真なその質問にどのように答えたら良いものかと悩みました。そして、このように答えました。「神さまは目に見えないけれど、神さまの子どものイエスさまをとおして神さまのことを知ることができるんだよ」って。でも、子どもは首をかしげて、「わかんない」という風でした。その姿が心に残って、それからしばらくの間「あのとき、どのように答えれば良かったのだろう」と自問してきました。その中で、ふと心に浮かんできた答えがありました。それは、「神さまが見えないのは、信じるためだよ」っていうことです。たぶん、そのように答えても、子どもは同じように「わかんない」とくり返すかも知れません。それでも、子どもたちの心の中にも「信じる」心が育つことを願って、そのように答えたいと思います。

見えないのは、神さまだけではありません。人の心も、私たちの未来も見えません。でも、私たちは人の心を信じるとき、そこに愛と友情が生まれてくるのを知っています。また、私たちの未来を信じるとき、そこに勇気と希望がわき起こってくるのを知っています。神さまだけではなく、見えないものを信じることが困難を切り開く力となるのです。子どもたちの心にもそのような「信じる」心が育ってほしいと思います。

イエスさまは復活された後、疑う弟子の前に現われて言われました。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」と。

「コチャック先生と子どもたち」

 

 - 井石 彰

8月は私たち日本人にとって戦争の悲惨さを思い、平和の大切さを覚えるときです。その戦争ではたくさんの子どもたちも犠牲となりました。世界の各国が対立を深めている今、子どもたちと共に日本と世界の平和を祈らずにはいられません。

私の尊敬する人に、かつてナチス・ドイツによるホロコーストが行われる中で、ユダヤ人の子どもたちと共に生き、そして死んでいった一人の教育者がいます。その人はヤヌシュ・コルチャックと言います。ポーランド人で「コルチャック先生」と呼ばれて、子どもたちから慕われていました。彼ははじめ小児科医として子どもたちのために働き、その後、孤児となったユダヤ人とポーランド人の子どもたちが安心して生活し学べる二つの「ホーム」を設立して、子どもたちの教育に尽力しました。そこで、彼が大切にしたのは自由な雰囲気の中で、子どもたちが自主的に色々なこと決めて、取り組んでいくことでした。それは、子どもたちの人格を尊重した画期的な教育でした。しかし、そのような子どもたちとの生活も、ナチス・ドイツのポーランド侵攻によって奪われてしまいました。そして彼は、自分だけが助かることを望まず、1942年8月にユダヤ人の子どもたちと共に強制収容所に移されて、ガス室で殺されました。

戦後、ポーランド政府は「コルチャック先生」の思いを受け継ぎ、国連に「子どもの権利条約」案を提出しました。この条約は1990年に国際条約として発効し、日本も1994年にこの条約を批准しました。その条約は、子どもたちの「生きる権利」(子どもの命が守られること)、「育つ権利」(子どもの成長のための医療や教育、生活への支援を受けること)、「守られる権利」(子どもが暴力などから守られること)、「参加する権利」(子どもが自由に意見を表すこと)を守るように定めています。子どもたちのこれらの権利が守られる世界こそ、平和な世界です。子どもたちとその世界を祈り求めたいと思います。

  園長 井石 彰