園長のお話し

子どもの心もちへの共感

 

 - 井石 彰

朝、幼稚園の玄関で子どもたちを迎えていると、玄関のところで立ち止まったまま靴をぬごうとしない子どもがいました。色々な先生たちが声をかけても、まったく動こうとしません。しばらくして担任の先生が来て、「さあ、行くよ」と言って、その子を教室に連れて行きました。
大人からすると、子どもはこだわりのある困った行動をすることがたくさんあります。私たちはそれを子どもの「わがまま」だと、否定的な意味合いで捉えることがあります。そこで、子どもを諭したり、なだめたり、突き放したりしながら、子どもの「わがまま」を正そうとしたりします。しかし、ある教育者は、その「わがまま」に思える子どもの行動の中に、実はその子どもが大事にしている自分の世界があると言います。子どもは「わがまま」であろうとしているのではなく、自分の世界を大切にし「自分のまま」であろうとしていると言うのです。だから、その子どもの思いを、大人がしっかりと受けとめてあげることが大切であると言うのです。それは、ただ子どものしたいままにさせると言うことではありません。子どもとその思いを大切にするということです。子どもは自分の思いを受けとめられることで生き生きとし、その子らしい人間として成長をしていくことができるのだと思います。
日本の幼児教育に今もなお大きな影響を与えつづけている倉橋惣三は、その著書「育ての心」の中でこのように書いています。「泣いている子がある。涙は拭いてやる。泣いてはいけないという。なぜ泣くのかと尋ねる。弱虫ねえという。・・・随分いろいろのことはいいもし、してやりもするが、ただ一つしてやらないことがある。泣かずにはいられない心もちへの共感である。お世話になる先生、お手数をかける先生、それは有り難い先生である。しかし、有り難い先生よりも、もっとほしいのはうれしい先生である。そのうれしい先生はその時々の心もちに共感してくれる先生である。」まるで子どもの気持ちを代弁しているような言葉です。私たちは子どもたちの願うそのような「うれしい先生」でありたいと思います。

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