園長のお話し

聞く耳を持つ

 

 - 井石 彰

世界は色々な問題を抱えています。そのような中で、新しい年も子どもたちが安心して育つことのできる社会であることを心から祈ります。
今年も1月の初めに札幌で行われたキリスト教保育連盟北海道部会主催の幼児教育セミナーに参加しました。そこで、講師の加藤繁美先生(東京家政大学教授)が乳幼児の心の育ちの話をされながら、子どもと「対話する保育」の大切さを語られたのが、とても心に残りました。「対話する保育」とは、それぞれの年齢で「自分づくり」に挑んでいる子どもの声に耳を傾け、その思いを丁寧に受け止めて、それに応えていくことを大切にする保育です。でも、子どもの声に耳を傾け、その思いに応えると言っても、それは子どもの言うままになるということではありません。たとえば、他の子が遊んでいるおもちゃを取って、「ぼくの!」と言いはる子どもに、つい「だめっ」と怒ってしまいます。すると、子どもはさらに「ぼくの!ぼくの!」と言って泣きじゃくりします。そのとき、「このおもちゃであそびたかったんだね」と、子どもの思いを受け止めて優しく返してあげると、子どもは「うん!」とうなずきます。そのうえで、「でもね、〇〇ちゃんもそのおもちゃであそびたかったんだって」と言って、優しく切り返してあげるのです。そのようにして子どもの心の育ちを助け支えていくのが、「対話する保育」です。加藤先生は言われます。子どもの声には、「語られた子どもの声」と「語られてはいないが、語られようとして子どもの声」の二つの声があると。その「語られない声」に耳を傾けて、聴き取ることが大切であると言われるのです。
イエスさまも人々に「聞く耳のある者は聞きなさい」と言いながら、神さまの救いの到来を告げて回られました。「聞く耳を持つ」とは、語る人の言葉に心を開いて集中して聞くということです。そのときに、聞き流して聞こえなかった子どもたちの声も、まわりの人の声も、そして神さまの声さえも聞こえてくるのです。「聞く耳を持つ」ことを心がけながら、この年も歩んでいきたいと思います。

園長 井石 彰

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